『心境の変化、仕事の変化?』
『――――普段より多少へそを曲げたらしい乱層雲が、本来ならば晴れていたであろう宮古島に、束の間の影を落としている。
修学旅行の当日であったその日、天の機嫌とは裏腹に、気温の低下によって僕達はいくぶんかの過ごしやすさを得ていた。
休む間もなく訪れた集会場には先客が居た。これから一夜を共にすることになる民宿の方々である。
僕は出来る限りの笑みを浮かべることで彼らの優しい視線に答え――――、』
…………修学旅行のエッセイを今頃になって書くことになろうとは。
もう少し早くから言ってもらえれば、より鮮明に書く事が出来たと言うのに。
それもこれも全て、学校の不手際に尽きるのではないだろうか。
はてさてライズだ。こんにちは。
どうも1ヶ月も経った今になって、学校側が「民宿の方々に送る!」と言ってレポート紙を渡してきたのだが、エッセイを書くと決めたもののいまいち筆が乗ってくれない。
確かに沖縄で過ごした数日間は、未だに記憶に色濃く残っている。
民宿の方が作ってくれたご飯は、ウチのお袋よりもよっぽど『お袋の味』と呼ぶに相応しかったし、後に寄ったホテルの飯と比べたってまったく遜色がなかった。むしろダントツにうまかったのである。
それに、屋根に上って銀杏狩りを行ったり、草を刈り牛の世話をしたり、はたまた夜には実に有意義な議論を交わせたりと、充実した物ではあったのだ。
しかしながら、それらの記憶はあまりに膨大すぎるが為に“纏める”事が出来ず、無数の単語が宙ぶらりんに頭に転がっているままにエッセイの執筆を強制スタートさせざるを得なかったため、何から書けばよいのか、どのように感謝を述べたらよいのか、あれから元気でおられるだろうか、そんな事ばかり考えていては進む原稿も進まない。
民宿以外での事ならば、書くことに困ることなどないのに。
と言うのも、民宿後にホテルで過ごした時間では、自由散策の時の行動、情景、心情などを、ノートに事細かに記録していたのだ。
その時は「きっと、何か新しい作品に取り組む際に役に立つだろう」と思ったのだが、海辺を舞台とする物語などを都合よく思いつくわけでもなく、これらもまた秘蔵となり人目に触れていない。
…………そうだ。ついでだから、そのノートの一部をせめてブログに載せよう。
どの道いつ使うか分からない文章だ。
それっぽい作品を思いついた時は引用するかもしれないが、秘蔵にするよりは晴れ間に出た方がノートも本懐だろう。
とはいえ書き手は俺である。
はっきり言って“自由散策で歩いた時に、目や耳に入ってきた事をそのまま書いただけ”なので、ガキっぽく拙いと言われればグゥの音も出ない、そんな程度のもんである。
だがそれは今に始まった事ではない。居直るというのも、時には重要なことだ。
開き直りマンセー。
じゃあ、適当に書いていこう。写真も適当に付けます。
『埠頭 ホテル裏の駐車場より、海を見つめた』
絶え間のない水面の揺れは、どこから生まれたかも分からない塩気を持った風に便乗し、一方的に陸地への侵攻を繰り返していた。
防波堤に突進しては、さざ波の音だけを置き土産にして力尽きていく。
単純で不定期なリズムはゆるやかに、時として荒々しく、風と相まって私の耳に届けられた。
陸の間に小さく設けられたフェリーの発着所を挟んで、向こう側には貨物のコンテナを集積する場所がある。
コンテナを運ぶトレーラーの駆動音、クレーンの放つ金属音、作業車の後退を伝える警告音。
決して自然音などではない筈のそれらは、しかしこの場限りにおいて違和感をもたらさない。
唐突に、汽笛のような音色が流れた。先ほどにも一度聞いた音だ。
見れば、白を基調としたフェリーが発着場を離れていく。
見たことも会った事もない人が、何をするわけでもなく棒立ちしている私に手を振った。
私は、つられて手を振ってしまった。
『浜辺 ホテル南のビーチ階段より、隣を見つめた』
“城”を見つけた。無垢な子供たちは、素足で砂を固めるのに夢中だ。
恐らく現地の子供たちだろう。建城も手馴れたものだ。
…………しかし、ここには城が一つしかない。
彼らが以前作り上げたものも、その前に作ったものも、またその前に作ったものも。
それらは形質としてはひとつとして残ってはいないのだ。――――きっと、この城も同じ運命を辿るだろう。
いつか消え去るものを必死に作ろうとしている。
これこそが子供の心ではないか。
何かにつけて功績を求め、付けたがる大人には理解できないだろう。
それは、“作品”を残して名を馳せようと夢見る私にも、充分に言える事なのだが。
風化という現実をまだ知らぬ彼ら。
子供と言うのは、果たして劣っているのか。それとも優れているのか。
波際で闘い続ける彼らとは反対側に、突き抜けた岬が見える。
…………少し、足を運んでみよう。
『岬 北防波堤灯台よりホテルを臨んだ』
長い岬へ行き着くためには、浜辺からは見えない大掛かりな回り道を強いられた。
迷った私をここまで導いてくれた黄色い服のお爺さんへは、感謝の念が尽きない。
つい最近作られたという道路を突き進んで辿り着いた場所には、この土地特有の形状の屋根に囲まれた、北防波堤灯台と呼ばれる赤い塔がそびえている。
潮風は先程に比べてもかなり強い。
手が緩むと、持っているものが海に落ちるのではないかと錯覚する。
私の出発したホテルが、10階以上にもなるその巨体を縮ませている。
――――それのみに留まらない。ここから見える風景は何もかもが小さく、どこまでも遠かった。
フェリーの出発を告げる音だけが、なおもここまで響いている。
私は岬の一番先に立ち、両手を広げて胸を張った。深呼吸を行うかのように。
向かい風が全身にぶつかる心地よさを、私はここに来て改めて実感した。
役に立つかは分からないが、今私はノートに文章を書いている。
ブイのような物を海中に入れている漁船や、今ではとても小さくなったフェリーの後姿を横目に、名残惜しくも私はベンチを立ち上がった。
集合時間まで残り30分。
あぁこれは遅刻しそうだ、と。それだけ呟いて、私は大海へ別れを告げた。
……………今読み返しても、何を意図したかったのか掴みかねるな。これは。
しかしまぁ、旅行中とは得てしてそのようなものではないだろうか。
その時は何かの役に立つと思ったのだ。その過去を疑問視したところで、あの時の俺を殴りに行く事は出来ない。
さて、懐かしさも一入(ひとしお)ではあるが、昔の物を引っ張り出したからと言ってレポートが埋まるわけでもない。
仕方ない、今日は多少無理をして完成させるとしようか。