『朝倉涼子の最期の笑顔』

ライズだ。こんにちは。


なんか朝に思いついたから、生まれて初めて二次創作の小説書いてみた。


涼宮ハルヒシリーズの二次創作小説ってやつですよ(とはいえ三人称視点だからちょっと趣が違うのかも)。

ともあれ人生初っすよ。

ので、ここに掲載させていただきたく思いやす。


一応ノベルコーナーにも『二次創作』の欄を作ろうか検討中だけど、まずは日記に載せるべきかなと。


お暇なら読んでやってください。

あ、一応『憂鬱』と『消失』は読んでおくとグッドな気がします。


では、初めて行きたいと思います。






※前半、「原作はこんな展開じゃねーよ」と言われそうなシーン展開をしますが、後半までぐっと飲み込んで歩いていただければ嬉しいであります。






朝倉涼子の最期の笑顔』



彼は、その女の子に心を惹かれていた。

なぜか、いつからか、と問われても返答には窮した。

ただなんとなく、初めて見かけた入学式の日から積もり積もって好きになってしまったと言うほかなかった。


学級委員を務める彼女はクラスの中でも人気者で、そんなだから必然持ち前の可愛さも目についた。

彼は親友の言葉に心底では納得する。なるほどたしかに、AA+と評されて恥じない女子ではあるな、と。


彼がそんな女の子に声を掛けられたのか、というと、実は機会は損なわれて帰ってこないままであった。

入学直後に出会った別の女子生徒に振り回され、仮初めにもなっていない活動への加入も確定され、自分でも何が何だか分からないうちに奇怪な集団の一味に加えられていた彼に、教室中最高峰の高嶺の花へ近づく術などありはしなかったのだ。


パソコン強奪から不思議探索へ。回を増す毎にエスカレートする集団の行為に些か辟易としていた彼が、下駄箱に混入されていたノートの切れ端に意識を奪われたのは無理もない事だった。

「放課後誰もいなくなったら、一年五組の教室に来て」

彼はその丸みを帯びた字を知っていた。いや、無意識に彼女の描く黒板の字やノートの字面を目で追っていたからこそ気付くことができた。もしも意識せずに生活していたなら差出人不明とするしかなかった手紙だが、彼は殊更にその女の子に惚れ込んでいたのだった。


課外活動を終えて帰宅時刻になった頃、彼が教室を訪れると思ったとおりの女子生徒が居た。

教室には夕焼けが充満してあかあかと、物寂しい暖色に包まれて静まっていた。

その最中にあって、女の子は可愛らしくはにかんで「遅いよ」と優しく云った。

「入ったら?」

その言葉にどきりとして、彼は一歩踏み出して教室の扉を閉めた。


二人きりの教室。二人きりの放課後。それも憧れた女子生徒と。それをなるたけ意識しないように、彼は出来る限り平常を装って答えた。

「お前か……」

「そ。意外でしょ」


決して意外ではなかったが、微笑みに邪な色は無かった。そんな彼女を正視することもかなわずに、彼はわざとぶっきらぼうに声を発した。

「何の用だ?」

「用があることは確かなんだけどね。ちょっと訊きたいことがあるの」

まったく怯む様子も見せず、あまりにも愛らしく喋るものだから、彼はますます緊張する己のみじめさと直面した。

「人間はさあ、よく『やらなくて後悔するよりも、やって後悔したほうがいい』って言うよね。これ、どう思う?」

手をもじもじと組みながら俯き加減にぽつぽつと声を絞り出す女子生徒は、普段よりも一層魅力の塊のように彼に映る。

「よく言うかどうかは知らないが、言葉通りの意味だろうよ」

少しばかり棘のある返事になってしまうのは、彼の語彙力の問題ではない。

もしかしたら一生のうちでも最大かもしれない緊張をもって、棒のように立ち尽くしている今の彼に、洒落の利いた言葉など望めるはずもなかった。

「じゃあさあ、たとえ話なんだけど、現状を維持するままではジリ貧になることは解ってるんだけど、どうすれば良い方向に向かうことが出来るのか解らないとき。あなたならどうする?」

女子生徒が語り始めた一見して遠回りにすぎる例え話を聞いて、彼はすこし目の前の彼女の真意に疑いの目を向けかけた。

彼女の性格は普段から知っている。

しかし、このなんでもはきはきと話す聡明な学級委員が、放課後に呼び出した異性へここまで婉曲した物言いをするか、と。

場の空気が自分の想像する結末のものと離れているような悪寒が彼の頭をよぎり、持っていた緊張が僅かな罅入りを見せた。

「なんだそりゃ、日本の経済の話か?」

「とりあえず何でもいいから変えてみようと思うんじゃない?どうせ今のままでは何も変わらないんだし」

軽く揺さぶりを掛けたつもりの言葉も完全に無視し、一方的に会話を進める女子生徒の目に曇りはない。

「まあ、そういうこともあるかもしれん」

今度の返答は彼の緊張だけに支配されたものではなかった。敢えて意識的におざなりな相槌を打てば、彼女の真意を読み取れるかもしれない、そんな気がしたからだった。

しかして彼女は、まったく彼の態度など意に介さなかった。

「でしょう? でもね、上の方にいる人は頭が固くて、急な変化にはついていけないの。でも現場はそうもしてられない。手をつかねていたらどんどん良くないことになりそうだから。だったらもう現場の独断で強硬に変革を進めちゃってもいいわよね?」


もう何を話しているのかも彼には分からなかった。

ただ事実を述べるなら、彼女は自分の意見を聞いているわけではないこと。

呼び出した理由が一般的な男女にありがちなものでないこと。

そして、何かを進めようとしていること。


「何も変化しない観察対象に、あたしはもう飽き飽きしてるのね。だから……」

観察対象と彼女は云った。それが何を指しているのか、なぜ飽きているのにせねばならないのか。変革とはなんのことなのか。

「あなたを殺して涼宮ハルヒの出方を見る」

それらを全て理解する前に、女子生徒は彼の視界から消えた。



たった一瞬だった。

彼女は常人では決してあり得ない瞬間移動も同然の速さで彼の懐に潜り込み、制服の繊維から肉の中へとアーミーナイフを突き立てた。


そもそも、対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェースが、人間の動体視力で避けられる速度で動くはずがない。

彼女が本気で人を殺める気になった結果がこれだった。彼は避ける間もなく肺に穴を開けられ、それでも呆然と立ち尽くす姿勢を崩さなかった。

心臓ではなく肺を狙ったのは、彼女自身が死の概念に興味を示していたからなのかもしれない。単なる気まぐれで殺害対象は即死を免れたのだが、肺に穴が開いたうえ出血まで激しいのでは、残りの灯火は15分保てば良い方であろう。



朝倉涼子が構築した情報制御空間は完璧なものだった。


元来バックアップとして構成され非常時以外の出動は無いとされてきた彼女だったが、個体としての能力は飛びぬけて優秀であった。

その能力が彼女の独断を可能にし――依然として校内外の他TFEIを出し抜いたまま、対象の殺害は無事に成功を収めた。


目の前の男子生徒は目を見開いたまま動かない。自分に何が起こったのか、あるいは直前の会話についてまだ考えているのかも知れない。

棒立ちを続けたまま思いを巡らし続けていた彼は、やがて全ての考えの放棄の末に事実だけを認識したように、視線をゆっくりと胸元の女子生徒へ向けた。

「……どうしてなんだ」

アーミーナイフを引き抜く事もせずに、ぐりぐりとねじり続けている女の子に掛ける言葉には聞こえなかった。


胸元に飛び込んで、ずっと臓腑をかき回している女子生徒。

肺から胃へ、腸へ、持ち手を動かしていく様をその目で見ながらも、急速に酸素の欠け始めた脳と、絶え間ない激痛のなかで彼はまだ命を諦めなかった。


崩れ落ちる代わりに彼が起こしたのは、ただ胸元の少女への抱擁だった。

力などまったく篭らない、絶命寸前の震えと静寂の中で、彼はそれでも女の子を抱きしめた。


女子生徒の手が止まる。だが手遅れに過ぎる行為の停止は、彼の死に対して何の抑制にもならなかった。

ついに足の力も消えて、女子生徒にもたれかかった彼は、ずり落ちておく自分の身体を支えることもせず、そのぶん全ての体力を喉へと動員した。

「お前のこと、好きだったんだがな……」

重い音を立てて床に崩れ伏した彼はそのまま灯火を消し、生命活動をやめた。



朝倉涼子には理解できなかった。

有機生命体の語る、好きという感情が、どのような概念の上に成り立っているのか。

どのような法則と理屈によって成り立ち、何によって証明され、どう存在できうるのか。

そんな地球人類にのみ特化した特異な感情が、銀河を統轄する情報統合思念体の端末である自分に分かるはずがなかった。


0と1だけで成り立っている世界に、2を持ち出されるようなものだ。まったくナンセンスで、情報の解析に頼る事もできない不可解なものと断定するほかにない。


……その、はずだった。


「……なに、これ」

目の前に伏す血の海の主を見下ろしながら、朝倉涼子は自己の演算処理上に夥しい情報攻撃を受けた。


情報制御空間が破られたのか? ――いや、そんな痕跡はない。

今現在にのみ限定してならば、この空間では何もかもが自分の思い通りになると言い切っていい。当然、敵からの情報攻撃など受けるはずがない。

外部から何者かが情報連結の解除を謀っていたとしても、それなら自分にはそうと知れる。それさえも今はまったくない。この空間は完全なる隠密性、秘匿性を持って未だ存続している。

なら、この攻撃は何なのか。通常の処理能力では抑えきれず、余剰ぶんのメモリも使って限界まで対応せざるをえなくなるほどの負荷。


それが人間で言う『感情』に相当するバグであることにすら気付かずに、ただ敵からの攻撃とばかり思い込むしかできない朝倉涼子には、やはり恋情を恋情と認識することは初めから叶わなかったのだろう。

“攻撃”は彼女の個体全てを埋め尽くし、意図せぬ誤作動の引き金そのものとなった。

ついに端末の制御が自分から外れて、情報制御空間であった教室から抜け出したあとも、彼女は自分全体を埋め尽くす様々な感情を処理しきることはなく、そのまま夢遊病の患者のような足取りで不自然に廊下を歩いていく様はさながら幽鬼のごとくであった。


返り血をセーラー服正面に張り詰めたまま操られたように階段を下りていく彼女の姿に、そして上履きのまま北高の迎賓用玄関を出て行く姿に、トランペットを手にパート練習していた吹奏楽部員が、玄関正面の事務室の事務員が、目を見開いたまま固まった。

玄関先手前の大きな振り子時計だけが、何事もなかったかのように静かなるまま彼女を見送った。


彼女の覚束ない足取りが東門に差し掛かった頃、ようやく演算能力が文字通りの限界を迎えた。

この瞬間、一年五組を変質させていた情報制御空間は消滅する。

今まさに文芸部室の長門有希が事態に気付いて疾走していることだろう。

もうそんなことも、彼女にとってはどうでもよかった。


体の制御が何かに乗っ取られている。自由に動かす事が出来ない。

死に際の彼の身体も、それと同じだったのだろうかと思い至り、余計に機能が圧迫された。


ただ彼女を埋め尽くすのは、やったという後悔。

誰の言葉かは知らないが、あれは嘘だった。やって後悔することが、やらずに後悔することより軽いということは決して無かった。


後悔先に立たずというが、後になっても間に合わないのが後悔ということか。この正体不明の機能不全を解消し、胸を刺すような感覚を取り払うことが今から出来るとは思えない。


全てをやり直すことは出来ないのか。全てを無に帰し、やり直す事が出来る方法は。

そこまで思考を描いた時、ひとつだけ方法があることに気が付いて、彼女は制御の効かない足を止めようと努めた。

不意に、死の間際で最後に動いた彼の唇を思い出した。

最後の力とは、儚いながらも、あらゆるものを凌駕する源へもなりうることを、彼は証明したのか。

そう心に唱えたうちに、身体操作を取り返したわけでもないのに、足はぴたりとその場に停止した。


「……朝倉、涼子」

後方から聞き慣れた声がした。彼女が意識するまでもなく振り向けば、予想通りの声の主が、無表情の奥に明らかなる憤怒を灯してそこに立っていた。

「……どうしたの? 長門さん。そんなに怖い顔しちゃって」

対して口ばかりはすらすらと動いた。最後の最後まで自由意志で動かせるのが喉と唇であることは、皮肉以外の何物でもなかった。


「あなたを絶対に許さない」

別人の声に聞こえた。普段寡黙な少女の語気は面影もない。目の前に立つ長門有希が今この時、銀河全てを隈なく探し果てても尚比類のしようがない、絶対的な力そのもののように映った。

その声を聞いた途端に、また止め処無いエラーの嵐が、飽和しつくしたメモリへと押し入ってさらに密度を詰めた。


もうほとんど、朝倉涼子自身には自分を何も操作できなかった。

あまりの数のエラーに行動全体が遅れているのは彼女も同じだったのか。

朝倉涼子がその動作をした時、長門有希はまだ対策を打つ事が出来なかった。


それは、行使した朝倉涼子本人も意図していなかった動作だった。

彼の返り血でべとついた右手を不意に挙げ始める。

落ちつつある夕焼けと夜空との境、コバルトブルーが奇跡のような調律を生み出している空へと彼女は手の平を掲げた。

そうして殺害の瞬間にナイフを握っていた右手を見つめた彼女は、そのまま見えない彼の幻を捉えるかのように、ゆっくりと拳へ閉じていった。


それは空気の中を空振って、何かを掴み取るような動きにも見えた。



そしてその瞬間に、決定的な何かが起こった。



朝倉涼子長門有希も、他のTFEI端末も、情報統合思念体でさえ“その発生”へ対処することは出来なかった。

爆発的にエラーが発生しバグに支配された朝倉涼子が自らの意思と関係なく起動させた、世界そのものを変質させる情報爆発は、誰にも介入を許すこともなく実行されたのだった。

あらゆる時間軸を巻き戻し、時空そのものを歪め、ありとあらゆる事象を改変する力。今までそこに居た全世界の人間のみならず、情報統合思念体からさえ当該する記憶を奪い去るその力は、もはやビッグバンと形容しても遜色のない代物であった。


無論彼女一人に行使できる力ではない。

彼女が涼宮ハルヒの能力を限定的に引き出し利用することで、初めてそれは実現した。


そしてその力は、彼の生前から入学式、さらにその前へと巻き戻され、全ての環境を再構築すべく時空全てを拡散して疾駆していった。


朝倉涼子は黙って自分の体が眼前の情報爆発を行うのを見ているばかりで、そこには喜怒哀楽の何れも浮かんでは来なかった。


ただそれでも、と彼女は願う。

もしも世界をやり直すことができるならば、今度こそ彼が自分を『好き』にならない世界であって欲しい――。




 − − − − − − −




「あなたを殺して涼宮ハルヒの出方を見る」

そう云って地を蹴ったはずの女子生徒は、しかし有機生命体の反射速度を越える動きで彼に迫ることは出来なかった。

アーミーナイフが空しく彼のネクタイを掠め取る。そのまま後ろへ転倒し、すっかり動揺した彼は信じられないといった面持ちで女子生徒を見上げた。


「冗談はやめろ」

絞り出た言葉は存外しっかりとしていた。

「マジ危ないって! それが本物じゃなかったとしてもビビるって。だから、よせ!」


男子生徒は恐怖よりも疑問のほうが強い視線を投げ、目の前の朝倉涼子にぶつけた。

絶望の色はない。原因など分からないが、朝倉涼子はなぜかそのことに安堵しそうになっていた。

「冗談だと思う? ふーん」

なるべく無邪気に発したつもりだったが、彼女の中にはどこか悄然とした意識の落ち着きがあった。

理由は分からない。

どうして彼を手っ取り早く殺さないのか。

どうして他の端末に介入されてもおかしくない封鎖情報の甘さを残して制御空間を作ったのか。

全て非合理的なはずだったが、どういうわけか朝倉涼子には、それをせねばならないという確信があった。


「死ぬのっていや? 殺されたくない? わたしには有機生命体の死の概念がよく理解出来ないけど」

そう。理解出来ない。彼女には――この対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェースには、人が死ぬ悲しさを理解することは、出来ない。

……出来ない、のだ。


「意味が解らないし、笑えない。いいからその危ないのをどこかに置いてくれ」

彼の真剣な焦り具合が女子生徒に伝わることは無かった。自らの根底に燻ぶっている原因不明のエラーを払拭する為に、彼女はわざと明るい声で答えた。

うん、それ無理

その調子のあまりの状況とのそぐわなさに、彼は今度こそ絶句する。

「だって、あたしは本当にあなたに死んで欲しいのだもの」

云った瞬間に、メモリのどこかが「嘘だ」と叫んだ気がして、彼女は再び強襲するはずだったナイフの切っ先に、彼の逃げるだけの隙を与えた。


標的の彼は必死に脱出を試みようとするが、この情報制御空間を出入りすることはほとんど不可能であった。……少なくとも、只の一般人には。

「無駄なの。この空間は、あたしの情報制御下にある。脱出路は封鎖した。簡単なこと。この惑星の建造物なんて、ちょっと分子の結合情報をいじってやればすぐに改変出来る。今のこの教室は密室。出ることも入ることも出来ない」

必死に窓のあった場所を見やり、やはりコンクリート一色に置き換わっていることを確認した彼は、もはや常識を信じる思考さえ完全に捨てたように思えた。

「ねえ、あきらめてよ。結果はどうせ同じことになるんだしさあ」

女子生徒はあくまで笑顔を張りつけたままそう云った。だが彼女を蝕む謎のデータバグが、ちらちらと彼女の行動に妨害を挟もうとしていた。

先ほどから本気になりきれてない自分。不可解な自らの一連の行動は、何によって起こされているものなのか。


「……何者なんだ、お前は」

じわりじわりと追い詰められながら彼は問うた。

何者なのか。

情報統合思念体の急進派が管理する端末。それ以外の自己証明は必要ない。

では、その意にさえ沿わない行動をしている自分は、一体何であるというのか。

彼女の結論は出なかった。そのまま底の知れない深淵に嵌まる気がして、彼女はその問いを無視した。


空間の隅にまで追い詰められて、後が無くなったと見える彼は、最後の抵抗とばかりに近くの椅子を女子生徒に向かって投げつけた。

無論、彼女の情報制御空間においては無意味にしかならない。この空間で窮鼠が猫を噛むことは有り得ない。

この優劣は覆らない。彼女は彼女の意思をもって、目の前の男子生徒を確実に殺す。

それは何があっても、失敗してはならないこと――。

「無駄。言ったでしょう。今のこの教室はすべてあたしの意のままに動くって」

云った瞬間、彼女は自己のエラーの内容を強引にメモリから吹き飛ばそうとした。


途端に制御空間の全てが停止する。この世全ての法則が完全に機能を失い、主である彼女だけが封鎖された世界を支配する。


「最初からこうしておけばよかった」

そう。初めからちゃんと殺しに行けばよかったのだ。他のどの端末にも気付かれることなく、確実に彼だけを暗殺すればよかったのだ。それだけの能力も自分には備わっているはずだった。


――どうして行使しなかったのか、彼女の演算処理能力を以ってしても分からなかった。

「何者なのか」。その返答を持たないでいる自分では、答えは限りなく彼方にしかないのかも知れない。

混濁した処理の中で彼女はそれだけを呆然と考えた。


「あなたが死ねば、必ず涼宮ハルヒは何らかのアクションを起こす。多分、大きな情報爆発が観測できるはず」

何かを見失いかけたまま、己の最終目的だけを口から出す。

それは目の前の彼に語りかけるものではなく、単に自分の立ち位置を確認する暗唱に過ぎなかった。


だが、焦りを通り越して怒りにすらなりつつある男子生徒の目に、何か云わねばならない気がして、そんな自らそのものへの皮肉を十分に込めて、最後に吐き捨てた。

「またとない機会だわ」

……だが、たったそれだけの言葉の付け加えで、未だにメモリのどこかに蟠りが残っていることを再認識せざるを得なくなった。


断ち切らねばならない。何をどうして自分の行動がここまで遅れているのかは知らないが、この行動は絶対に完遂せねばならないものに他ならない。これ以上に優先すべきことなど存在し得ない。

やらなくて後悔するよりも、やって後悔したほうがいいと、先ほど彼に語りかけたのではなかったか――。


「じゃあ死んで」

そう云って再度彼へと照準を定める。今度こそ彼女の体は、有機生命体には捉えられない速度で放たれ、確実に彼の命を奪い去る。



『お前のこと、好きだったんだがな……』



それが幻聴であったか否か、朝倉涼子には判断する術が無かった。

胸を刺すエラーが一気に発生し、全ての動作が著しく遅くなる。同時に、それによって発生した僅かな綻びの中に、大きな亀裂が走り出す――。


『あなたを絶対に許さない』


聞いたことがないはずの誰かの声。それもまた幻聴だったのか。

ただその主と思われる小柄な少女が、自らの目の前に立ち塞がっている事実を認めてしまえば、それはどちらでもよいような気がした。


いかな情報制御空間とはいえ、一度侵入を許してしまえば戦闘の有利不利ほどの要素にしかなりえない。

そしてバックアップたる朝倉涼子では長門有希に勝てない。

勝敗は歴然としていた。


圧倒的と思われた戦力差は瞬く間に肉薄され、超越されていく。

それでも朝倉涼子の表情が満ち足りていたのは、決して虚偽の余裕からではなかった。



明白だった当然の帰結を向かえ、なお彼女の心に残るのは悔しさではありえない。



それは、本来インターフェースが見るはずのない夢だったのか、

あるいは、消え際に誤作動を起こしたメモリが妙な光景を見せ付けているのか。何れかは判然としない。

それでも、あるはずがない彼の死に様が、怒りに猛る文学少女の姿が、散り往く彼女の心にまっすぐな平穏をもたらした。


これで、よかったんだ。

粒子となって消えてゆく自らを顧みて、ようやく彼女は、自分が何者であるかの答えを得たような気がした。


自分が殺めようとしてしまった彼に、最後の忠告を与えた朝倉涼子は、一片の濁りもない万遍の笑顔で晴れやかに呟いた。

「じゃあね」


――彼女の亡き跡に留まった無数の粒子が、自らの失敗を祝福するかのごとく、花火のように拡散していった。




朝倉涼子の最期の笑顔』 了





以上ですー。

読んでくださってありがとうございましたー。


とりあえず俺の朝倉涼子愛に、『消失』のギミックつっこんで、本編の「なんで朝倉は即効でキョンを殺さなかったんだろう」という素朴な疑問を独自にこねくり回した感じです。ぶっちゅけ「主人公補正」って言われたら押し黙るしかないですけれども。


あと、夕暮れの教室で朝倉が告白するSSはよくあるけど、キョンが死にながら告白するSSはさすがに見たことなかったので、それもちょっと兼ねてます。


このSSの朝倉涼子の時空改変は、『消失』長門の時と違って「脱出プログラム」が存在してなくて、誰にもゆだねてないから誰の記憶にも残っていないと。


朝倉本人からも記憶がなくなっているけど、断片的に思い出して本編の散り具合をハッピーエンドに繋げたんですな。

まあこれは、

『朝倉が思い出したんだから、同じTFEIの長門もやがて断片的に思い出す』

『そして半年後に『消失』で長門がまったく同じ場所で同じ行動を取る』

というあたりに繋げたいなとか思って作ってもみました。


……二次創作でここまで本家を独自にこねくり回していいのか。ダメな気がする。


まぁとにかく、浪人生のたわむれごとと安ーく見てくださればありがたいです。


勉強しろ俺。


でもこれどっかに投下してみようかなぁ。せっかく書いたしなぁ。ssサイトとかいつも読みまくってるから投稿する側にも回ってみたいなぁ。


てなわけで今日はこれにて終わっておきたいと思います。


感想とかコメントに書いてくれたらボロ泣きのあまりターミナル土下座します。

もしおありでしたら是非書いてやってください。


たまたま寄った一見さんなども遠慮なくどしどしと書いてくださいー。

多少きつめでも心が折れない程度なら死にはしないので、よろしくお願いいたします。


それでは!