『もったいないことについて。』

ライズだ。こんにちは。


昨日は三島由紀夫の命日だったのでその事を書こうかと思ったが、色々考える所があってし損じた。

今日になってから書こうと思ったが起承転結の展望が見えてこない。

とにかく書き始める。


三島由紀夫先生を知らぬ日本人はよもや居まいと思うし、ことにこれほど識字率が高いこの国で彼の文章を読んだ事もない人間が居るとは到底思えないので、前提の説明は必要あるまい。

たとえ生まれてこのかた平成の時代しか肌に感じた事がない若者でも、文学の道を志した場合彼にぶち当たらない確率はゼロだ。


別に講釈を垂れるほどよい身分になったつもりはないが、彼を知らぬと言えばそれだけで物書き志望が物書き志望でなくなる、「小説家目指してます」の言葉を完璧に嘘にしてしまうほどの文豪であり、物書き志望にとってはひとつの壁、到達不可能な聖域であった。


あった、との表現はあまり使用したくない。

彼が今を以ってなお多大な影響力を及ぼしている事は、彼の残した『金閣寺』が成長盛りだった俺の思想に大いなる悪影響を与えたことからも断言できるし、何より、存命であれば八十四歳にもなったであろう彼を、その死の経緯から過去形で突き放してよいものかとも考えるからである。


最初に彼の文章に触れた時、俺の場合、いかに読み手が文章を読める人物であるかをふるいに掛けられているような錯覚にすら勝手に陥った。

言い方は奇妙だが「試験」のようなものを試されていると言うべきか。

彼の文章は語彙力、構成力、表現力どれをとっても非常に高度かつ知的なものがあり、だからこそ読み手にも、それに着実に付いて来るだけの読解力が求められる。

「そんな苦労をさせる小説なんて読みたくない」という現代の、言ってしまえばくだらない人間はこの時点で脱落する。

だから現代の若者が彼の文学作品に触れた場合、恐らく中間を抜いて意見が真っ二つに分かれる気がする。

「こんな文章読めない」の声か、「これは頭がいい文章だな」の声かである。

前者のような文学的見地の欠けた意見を聞くと、ひどくもったいないと思うものだが。



だが、真に俺達の世代がもったいなかったのは、それだけではないと思う。


俺は1990年に生まれた。

俺が生まれたとき、大きな戦争は終わっていた。

初めてこの世に産声を上げる前には既に、高度成長も、石油ショックも終わっていた。金閣は燃えていた。


彼もまた、割腹して死んでいた。


彼ほどの大きな存在が、どうして市ヶ谷で腹を切ったのか。切らねばならなかったのか。

それを知る権利は、後に生を受けた自分には与えられていない気がする。


なぜなら、檄文を撒き散らし、バルコニーでマイクも持たず、腐りきった野次を一身に受けながら、予定の四分の一も語りえずに、きっと彼は日本という国に絶望しながら死んだ。

戦後日本にあまりにも蔓延し、現在にもほとんど本体であるかのように居座っている病的なまでの享楽主義が、快楽主義が、自分で考える事をやめた日本人を髄まで腐らせている事実、その伏魔殿のあまりの深さに、あれ以上語る言葉を持たなかったのではないか。

その事が彼に三十分の演説を許さなかったのだとしたら、彼の最も忌み危惧したその時代をぬくぬくと生きている自分に、彼を研究する事はできないに違いなかったからだ。



彼が自衛隊に決起を促し死んだ後、彼を知るシンパは皆、泣きながら彼を非難し、それ以上に嘆いたという。

たとえ日本の現状と将来を憂いての行動だったとしても、その道は正当化できぬ外道の法理。

駐屯地を乗っ取ってのクーデターなど、どんな大義を引き合いに出した所で褒められた行動であるはずがない。

しかし、だからこそ彼は腹を切らねばならなかったのかというと、またそうでもないと思う。


自分と比するなどおこがましい限りだが、彼もまた俺と似たようなもんだったんじゃないか。

つまり、自分が忌み危惧してきたその時代に、ぬくぬくと生きていることに耐えられなかったんじゃないか。


だから彼は、世界から自国を自立させるという意識を忘れ目先の享楽にのみ満ちてしまった、そんな日本社会を変革しようとした。

それによって彼は、この状態からの決別を図った。

だが、日本がもうどうしようもない所まで来てしまっていることを、彼は濃密な七分間のうちに悟った。

社会が決別できないなら、自分が決別するしかない。


だから彼は、予定調和に沿って、総監室で腹を切ってこの社会と“決別”した――そう、考えてしまう。




でも、それは逃げじゃないですか。三島先生。


たしかにあなたが戦ってないとは言いませんよ。右翼活動だって、クーデターだって、善悪は別にしてもね、究極的に言えばあなたの社会への戦いでしたよ。逃げなんかじゃなかったのかもしれない。


でも、最後の最後で死んで、あなたはそれを台無しにしたんだ。


社会を変えられなかったんだろ?


なんでそれだけ、変えようと切望したその社会を、簡単に自分だけ手放して逝っちまえるんだよ。


そんなくだらない事をして、俺が生まれるより前に死んじまって。


なんでそんなところで、律儀に社会を守って死んじまうんだよ。


あんたは武士だろう、武士なら、なんで自分を否定する社会を守ったんだ。



……でも、どんだけ言っても無駄だけどな。彼が新しい作品を作る事はない。


俺達の世代は、あまりにももったいないまま、今日もぬくぬくと生きる。